
僕は生まれてこのかた23年間、日本以外の土地に足を踏み入れた事がない。海外の文化に興味はあるのだけれど興味がある止まりで今まで過ごしてきた、まあ金銭的な問題が一番大きいのかもしれないのだけど。そんな海外の文化もろくに知らないながらもなんだか日本人はなかなかシャイな国民だなと最近考える事が多い。
ゴールデンウィークの初日、JR大阪駅と阪神百貨店を繋ぐ歩道橋の上を歩いていた時のこと。この歩道橋は梅田にあるそれの中では最大級の大きさで、いつも橋の隅っこで御座を広げて即席似顔絵屋さんをやる人やアコギ片手に弾き語りをする人たちがいてなかなかおもしろい。
その日はそれに混じって学生団体と思われる人たちが10人位で募金活動を行っていた。カンボジアの恵まれない子供達が勉強するための校舎を募金で建てるのだそうだ。素晴らしい事だと思う、その呼びかけている内容だけを聞いていると。ただ僕はいろいろ勘ぐってしまう性格なので「それ本当にちゃんと募金してんの?」っていう考えが脳裏に多少なり浮かんでくる。ちゃんとHPなんかを作って事後的にその報告をしているのかもしれないけれどそんなの一目みただけじゃ分からんし、「特保」みたいな公的機関の太鼓判じゃないけど、ちゃんと募金してますよっていう指標みたいなものってないのだろうかといつも思う(勉強不足でそういった物があるのなら申し訳ないけど、今まであまりそういった類いの物は見た事がないし今回の団体もそういったものは見られなかった)。
まあそれはそうと、ここではその事を書きたかったんじゃなかったりする。
この日は予定があって少し急いでいたので歩道橋もせかせか歩いてたんだけれど、前述したような学生団体が行っている活動内容だったり本当に募金してるのか分からない告知の仕方をしている所まで把握する事が出来た。
なぜか。
募金をしている人たちの周囲に人が全くいなかったのだ。大勢の人がいるにもかかわらず彼らの前だけぽっかり空間が広がっていた。その光景はほんとに異様だし、いったんその空気ができあがっちゃうともうだれも寄り付かない。
震災の影響であったりクラウドファンディングも日本で叫ばれ出した今、決して募金に対する意識が低下してるとは思えないんだけど、これはなんでだろう。震災後もよく話題にあがっていたけれど、一般的に良いと思われている行動をあえてみんなの前でする事でなにかうさんくさくなってしまうあの感じはなんなんだろうか。
そもそも外国だとどういった形・雰囲気で街頭募金してるんだろうか。もし他の文化でもこういった現象が起こるんだったら、集団の中で自分だけ異なる行動をする事に対する抵抗感というか保守的な姿勢の影響が強いのかもしれないけれど、日本人はやっぱり控えめなのかなあと感じたりする。
そもそも今回のような小規模の募金活動について言えば活動のゴールをそのまま街頭でもゴールとして提示してんのがよろしくないと思う。
自分だったらカンボジアの子供達の写真集なんか作って路上ミニ写真展でもするかなあ。
とか言っときながら自分も素通りした大勢の一人なんですけどね。はーあ。






